雑記

自分用ブログ

旅の思い出#2

僕はビンゴにいい思い出がない。これまで自分が参加したビンゴ大会で、まともな景品をもらったことは皆無に等しい。小学生のとき、町内会主催の外れのないビンゴ大会でも貰った景品は6等の消しゴムだったし、高校の同窓会のビンゴ大会も、あとひとつが空かなかった。

 

旅行中、滞在先のホテルでビンゴ大会が開催されることがよくある。主にファミリーの宿泊が多いところや大きめの温泉旅館だと、夜の8時くらいからロビーやホールで、「夏休み限定!大ビンゴ大会!」が開かれる旨がエレベーターに貼り付けられているものだ。夕食が終わった後には僕らもよく参加した。ただ、そこでも結果は同じだった。自分だけでなく、家族揃ってビンゴは苦手で、一家として考えても、いい景品が当たったことは一度もなかった。

 

唯一、いいところまで行った、と思えたことがある。中学1年生のときに宮城県蔵王温泉のホテルに宿泊した際、例のように夜からビンゴ大会が開催された。エレベーターの張り紙だけでなく、館内放送でも呼びかけられ、ホールに宿泊客が100人ほど詰めかけた。入り口でビンゴカードをもらい、愉快な音楽が流れる中、椅子に着席した。ステージ上のスクリーンには、ビンゴ大会専用?のソフトウェアを使って、ランダムに番号が映し出されていくようだ。しばらくするとホテルの従業員が現れ、ビンゴ大会の開始を告げた。「本日は○○ホテルにお越し下さいまして誠にありがとうございます!このビンゴ大会には素敵な景品をそろえております。一等は2万円分の当ホテルグループのペア宿泊券を2組様、二等は1万円分の宿泊券を2組様、三等は当ホテルのマスコットキャラクターのぬいぐるみを2名様・・・・・」いつも思う事だが、今回こそ、何かが当たるかも知れない、と思っていた。

 

スタッフが降壇して、ビンゴ大会が始まった。何回かスクリーンに番号が表示されることが繰り返された。しかし手に持っているビンゴカードは遅々として空かない。今回もだめか、と思っていると、早速1人がリーチした。回を重ねるごとにリーチの人が増えていった。そしてその中から2人ビンゴが出た。これで一等はなくなった。景品をもらった人に向けて、虚無感に包まれたまま拍手した。そうこうしているうちにまたひとりビンゴが出た。数字が全く空いてないきれいなビンゴカードを手に持って、ため息をついた。と、そのとき、隣に座っていた父親が耳打ちした。

「俺のやつ、実はあとひとつ空いたらビンゴなんだ」

驚いて父親のカードを見ると、もうすでにかなりの穴が空いていた。ダブルリーチがかかっている。そのとき、次の番号がスクリーンに映し出された。信じがたかったが、その番号で、父親のカードはビンゴした。

「ビンゴした方は前の方までお集まりください」

周囲がざわつく中、父親は、「景品を取りに行ってきなさい」と僕にカードを渡した。僕はまだ若く、無邪気にそのカードを受け取って、一目散にステージに上がった。僕は本当に興奮していた。今までここまで序盤でビンゴしたことはなかったし、何より1万円の宿泊券がまだひとつ残っていた。この回でビンゴしたのは自分だけでありますように、とステージの上からホールを見回した。とそのとき、僕は、もう1人がゆっくりとステージに近づいてくるのを目にした。60代くらいの女性だった。

 

「ビンゴした方はもういらっしゃいませんね?・・・お二人ですか・・・困りましたね・・・二等もあと残りひとつですし・・・・・・では、じゃんけんとさせていただきます。勝った方が二等の宿泊券、負けた方は三等のぬいぐるみです!!」

 

一瞬、何が起こったのか分からなかったが、状況が飲み込めて来たとたん、僕はこのじゃんけんの怖さに気づいてきた。勝てば1万、負ければぬいぐるみ。いままでの人生で、ここまでの重要性を持ったじゃんけんを経験したことはなかった。友達とするじゃんけんとはレベルが違う。しかもみんなが見ている。当然相手の女性もこの展開になるとは思っていなかっただろう、あっけにとられていた。

「ではじゃんけんを始めさせていただきます」

心の準備が出来ていないうちに、僕達2人はステージの一番目立つところに案内された。椅子に座った大勢の宿泊客が2人のじゃんけんを静かに見つめている。勝つのは中学生くらいの男の子か、それともおばあさんか。

「最初はグー、じゃんけんポン!」

その瞬間を、いまでもスローモーションのように憶えている。僕がグーを出し、彼女はパーを出した。おばあさんは少し笑って安堵の表情を浮かべた。僕は呆然とした。

おばあさんは1万円の宿泊券を受け取った。司会の男性従業員は僕を見て言った。

「残念だったね。でも、このぬいぐるみも非売品なんだ。大事にしてね」

僕は30cm位あるそのぬいぐるみを持って家族の待つ椅子へ戻った。

 

僕は部屋に帰って親からの慰めを受けた。もう別に1万円は惜しくなかったが、やはりあのときチョキを出していたらと悔やんだ。正直、それよりも周囲の視線に戸惑った。比較的大きなホテルではあったが、あまり多くの宿泊客はおらず、顔ぶれを見る限り、その日に泊まっていた半分くらいの人がビンゴ大会に来ていたようだった。そのため、翌日の朝食バイキングや温泉大浴場、廊下など、人とすれ違う場面で、周りの人が「ビンゴ大会で負けてぬいぐるみをもらっていった子」のような視線を向けてくるのが堪らなかった。エレベーターでは「昨日は残念でしたね」と話しかけられもした。自意識過剰なのかも知れないが、それがチェックアウトするまで続いたと感じている。

 

いまそのぬいぐるみはどこにいったのか分からない。ただ、僕は今でもビンゴが苦手だ。