雑記

自分用ブログ

マンションについての謎#1

僕は決して治安がいいとは言えない都内の○○区△△にあるマンションに住んでいる。インドカレー屋の店主から留学生、デイケアを受けるご老人まで住んでいるこのマンションは正直謎だらけで二年以上住んでいても分からないことだらけだ。

 

#1謎の管理人

僕の住んでいるマンションの玄関には、毎日大量に投函される不要なチラシを入れるための小さなボックスが設置されている。このマンションはセキュリティーという概念がないので、誰でも建物の中に入って来られるし、なんなら部屋のドアの前にも立てる。チラシ配布人にとってここまで配りやすいマンションは無いのだろう、数日間家を空けると溢れんばかりのチラシがポストに入れてある(そのほとんどが全く価値のないものだ)。ただ、このボックスはいっぱいになって溢れることが無いので、毎日何者かが中をきれいにしていることがうかがえる。ただ、このマンションに常駐の管理人はいない。ではいったい誰がこのチラシのゴミを捨てているのだろうか。管理会社は比較的大手で管理している物件数も多いだろうし、こんなどうしようもないマンションに毎日人を送るはずもない。

 

ただ僕にはひとつ思い当たる節があった。朝9時前ぐらいにマンションの共用部分でガラスの玄関扉をぞうきんで掃除したり、床をほうきで掃いたりしている60歳くらいのおじさんにかなりの頻度で遭遇するので、彼がついでにそのボックスも空にしているのではないかと思ったのだ。彼はすれ違うと「おはようございます」と絶対に言ってくれるし、荷物が多い時にはドアもあけてくれる。おそらく彼は管理会社から派遣された人物で、それを仕事にしているのだろう、毎朝やってきてマンションの共用部分を清掃しているのだろう、と。ただ、僕は見てしまったのだ、このマンションの他の住人が知るよしもない彼の秘密を。

 

事件が起きたのは梅雨時の明け方のことだった。僕は5時くらいに変な音で目を覚ました。耳を澄ませてみるとドアの向こうの廊下から咳払いのような音が30秒おきくらいに断続的に聞こえてきていた。築年数の建ったマンションだし、ドア自体も薄く、他の部屋の音も聞こえてくることがあるので、今回もそんなものだろうと思ってもう一度寝た。次に起きたのは9時くらいだった。しかしまだ咳払いのような音は聞こえ続けていた。しかも廊下には何か人の気配のようなものも感じられた。これはどうもおかしいと思って、玄関ドアの覗き穴からそっと廊下の様子をうかがってみた。スコープのような覗き穴から180度拡大されて見える廊下の景色に思わず息をのんだ。

 

そこには人が横になっていた!僕の部屋のドアのすぐ前、外開きのドアを開けると60度も開かないうちにぶつかってしまう所に男性が寝転んでいたのだ。さらに目をこらしてよく見てみると、彼は段ボールのようなものを下に敷いて、顔を廊下の壁側に向けていた。最初、状況が全く理解できなかった。ただ、僕は困った。2限から始まる授業に間に合うように家を出なくてはならないが、彼がドアの前に寝ていることで物理的にドアが開かない。そして、もし部屋を出られたとして、どのような視線を向ければいいのだろうか。絶対に気まずくなる。いや、もっと危険なことになるかもしれない。どうするべきか悩んだが、彼が起き上がってどこかへ行ってくれることを祈りつつ、外出の準備をした。しかし彼はそこに居続けた。僕はもう待てなくなった。焦っていた。このまま家から出られなくては遅刻する。何度も躊躇したが意を決してドアを開けた。

 

扉を開いた瞬間、彼は身体を起こした。目と目が一瞬合った。僕はその顔に見覚えがあった。それはいつもこのマンションの入り口を掃除しているおじさんだったのだ。彼は無言のまますぐに僕から目を背け、ぞうきんを手にとって廊下の壁を拭き始めた。まるでここにいたのはいつもやっている掃除の延長であったかように。

 

僕は驚いたが何事もなかったかのようにエレベーターに向かい下へ降りた。頭の中は混乱していた。そういえばいままで彼について不思議に思うところがたくさんあった。まず掃除している彼の身なりは毎日同じで清潔とは言えなかったし、すれ違うとにおいさえした。僕の住んでいる地域にはホームレスも多い。この梅雨時に屋根を求めてマンションの中に入ってきたのはないか。

 

しかし彼がホームレスだとすると、なぜマンションのエントランスを掃除しているのかが分からなかった。ホームレスに業務委託をする管理会社などいるはずもないので、完全な奉仕活動としか思えない。自分を住まわせてくれるマンションへの感謝であろうか。

 

その日以降、彼が僕の玄関ドアの前で寝ることはなくなった。もしかしたら他の階に行ったのかも知れない。ただ、今日も何事も無かったかのように僕はマンションの玄関で彼とすれ違う。僕はこれ以上、このことを考えるのをやめることにした。