雑記

自分用ブログ

卒業検定に落ちた



運転免許を持っているすべての人は二つに分けられる。卒業検定に一発で受かった人とそうでない人だ。結論から言うと、僕は後者のほうである。

今年の夏休み、東京から実家に帰省して自動車学校に通った。春休みに第一段階を終わらせていたから、残すは路上教習のみだった。ネットから技能教習の予約をするのだが、夏休みでただでさえ教習所に通う人が多いのに加え、追加料金を払った「短期集中プラン」とか「夏季限定プラン」といった人がもうすでに予約を入れているため、普通のプランで免許を取ろうとする人の予約は非常に取りづらく、一週間に4時間しか乗れないときもあった。

しかし何とか、高速教習、二段階の効果測定、みきわめをクリアし、卒業検定に臨んだ。たしか8月の最後の週のとある平日の午後だった。その日のことは一生忘れることはないだろう。

卒検を受ける車には、自分ともう一人の教習生、指導員の3人が乗り込んだ。事前に渡されたコースには今まで教習で何度も通ってきた道が示されていた。そもそも実家に近い地元の道だし、道路の状況に詳しい自信はあった。検定は僕から始まることになっていたため、運転席に乗り込み、車を検定コースの発着所から発進させた。半クラッチにする左足は震えていた。

その日は、車の台数がいつもよりやけに多かった。いつもなら難なく右折できるのに、対向車が何台も来て、交差点の中に取り残されそうになった。普通にやれば受かるはずなのに、今日は普段と違うぞと思った。今思えば、その時点で僕はすでに焦っていたのだろう。

数分後、僕は住宅街や商店が立ち並ぶ比較的大きな通りを直進していた。教習で何度も、いやこれまでの人生で数えきれないほど通ってきた道である。右左折も進路変更も駐停車もしなくてよい。ただまっすぐ、速度を40kmに守りながら走るだけだ。そんなことを考えていると、横断歩道が前方の視界に入ってきた。青い三角の横断歩道のマークが道路上にもはっきり見えた。そのとき、すぐに横断歩道脇の対向車線の歩道に自転車があるのを発見した。その人はおじさんで、自転車を歩道と平行にして、片足を縁石の上にのせていた。僕は戸惑った。この人は渡る気があるのか。いや、ないのかもしれない。現に列をなした対向車は、全て素通りしている。目線はその自転車にくぎ付けになった。どうしよう。どうしよう……と思ったとき、突然僕の体は前につんのめった。助手席の指導員が補助ブレーキを踏んだからだった。すべてが終わった。検定終了のお知らせである。

 道路交通法第38条】

 車両等は、横断歩道又は自転車横断帯(以下この条において「横断歩道等」という。)に接近する場合には、当該横断歩道等を通過する際に当該横断歩道等によりその進路の前方を横断しようとする歩行者又は自転車(以下この条において「歩行者等」という。)がないことが明らかな場合を除き、当該横断歩道等の直前(道路標識等による停止線が設けられているときは、その停止線の直前。以下この項において同じ。)で停止することができるような速度で進行しなければならない。この場合において、横断歩道等によりその進路の前方を横断し、又は横断しようとする歩行者等があるときは、当該横断歩道等の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。
僕は頭の中では完全にこれを理解していた。自分が卒検に落ちるとしたら横断歩道が原因だろうとしかないだろうと思っていた。それは現実になってしまった。以下はその時の愚痴である。
まず第一に、あの横断歩道は今まで教習でも、親の車でも何回も通ってきたが、今まで一度たりとも横断する歩行者に出会ったことはなかった。なぜ、その日その時間に僕が卒業検定を受けているときに彼は現れたのだろうか。第二に、もし歩行者が現れたとしても、左右をきょろきょろ見たりしていかにも渡ります、という雰囲気が出ていたのならば確実に止まっていたはずである。よりによって自転車が、しかも歩道に沿って止まっていたのはなぜだろうか。第三に、それはすべての検定を中止してしてしまうほどの重大な過失であろうか。歩行者と接触寸前、他車と事故寸前で補助ブレーキや補助ハンドルを操作されるのは納得がいく。しかし、歩道で立っている人の横を素通りしたところで危害は与えない。そもそも、現に免許を保有している人で、一時停止をしてくれる人のほうが少ない。法律に書かれている以上仕方ないことなのだが、それまでの試験をすべて完璧にこなしていたとしても一発で検定中止になるのはあまりにも酷ではないだろうか。
そのあとの気まずい空気の満ちた車内の様子を想像してみてほしい。恥ずかしさと悔しさで僕はいっぱいになった。とりあえず最後まで運転させてもらったが、場内コースで縦列駐車をさせてもらえなかった。もう一人の教習生は何を思ったであろうか。
その日卒業検定を受けたのは6人であった。合格発表の前に、僕だけ退出させられた。屈辱だった。それ自分以外の人は全員合格していた。それは当たり前である。仮免の試験に比べて、卒検は「受からせるための試験」だから。卒業してもらわないと、学校側としても次々に入校してくる教習生がいる以上、困る。合格率はほぼ100%だ。校舎を出た僕は天を仰ぐことしかできなかった。
さて、自分の気持ち以上に、金銭面、時間面で困ってしまった。補習や二度目の卒業検定を受けるための追加料金や時間、一発で受かると思って取ってしまっていた帰京するための新幹線の座席。何もかも予定が崩れてしまった。親に、友達に、何と言えばいいのだろう。
 
最終的には補修の次の日の卒業検定に合格して、免許センターでの学科試験も受かり、無事に免許を取得できた。それ以来、自分で車を運転するとき、横断歩道のそばに人がいたら必ず止まるようにしている。多分、今後一生そうするだろう。今では、ブレーキを踏んでくれたあの教官やチャリのおじさんにも感謝している。同じ失敗は二度と繰り返したくないから。でも、逆に自分が歩行者になって横断歩道を渡ろうとするとき、止まってくれる車はやはり少ない。そんな時、素通りする車の運転手を見つめながら「お前も今、卒検に落ちたぞ」とつぶやきたくなってしまう。